映画「アバター」

大変、ご無沙汰しております。久々の投稿です。よろしくお願い申し上げます。

映画「アバター」を観た。

息子っちの自作スピーカーを前後に、サラウンドの音場で。

昨年、映画「先祖になる」を自主上映したセットとともに。

今日も夕方7時まで機械を動かしながら。皆伐してメガソーラーを作るために。
自然エネルギーという名のもとに。

午前中は今受けている現場を結構な面積肩代わりしてくれる会社が現れて。
少し気が楽になったと共に、結構神経を使って調整・打ち合わせをした。
僕の活動にもご理解を頂いた。「NPOの活動も大事でしょう」と。
本音と建前の雰囲気は多少は感じ取れるつもりだ。
ちょうど仕事が途切れていた、その会社と提携されているこれまた元森林組合の林業会社に、僕の抱えていた現場を紹介してくれて。つまり間を取り持ってくれたという。
僕もその会社も、取り持ってくれた会社も、皆森林組合から独立をした。
「仕事も助けあって融通つけあって協力しあっていきたい」と。
在籍していた組合こそ違っていたけれど、妙な一体感も少し感じた。

おかげ様で少し先が見えてきた。有難い。

それでも段取り、手配だけで半日以上費やし、また午後も電話のやりとりもしつつ、余り機械が動かせず。結果、午後にまで調整打ち合わせが長引いたかたちになった。
それでも大幅に案件が進められ、少し肩の荷が下りた。

肝心の機械、プロセッサも1ヶ月の期間が過ぎて1日単位のレンタルに。
遊ばせる時間や日が出てきて、普通の民間の感覚では勿体無いもいいところで、ロスが多いとなる。それでも稼動すれば非常に速く多くの作業をこなす。

いろいろのことを天秤にかけながらの時間割を自分ではしているつもりだけれど、普通に考えて「クレイジー」。

そう、僕は”森の使い”がやりたいのだ!商売でもなく、会社でもなく。

そのために僕はいろいろのあれやこれやを何とかバランスを考え、こなしている(つもり)のだ。ちょっとこなせなくなって来ているけれど。

8時に帰って来て、遅めの晩御飯を外に求め、帰りにレンタルDVDをふらっと借りに寄った。
息子は「アバター」を選んだ。

帰って来て、「プロジェクターで見て見ない?」と。

そう、昨年の自主上映会「先祖になる」の時に楽しみ半分で用意した映画セットがあったことを忘れていた!

自主上映とはいえ、それなりのクオリティをと、いうものの実は中古で購入したプロジェクターと、ブルーレイプレイヤーがあった。スクリーンも。ややハイビジョン画質。

音は貰い物のAVアンプ。ブルーレイ画質で、音はまあややこだわりのスピーカーセット。

明日出張なのでさらっと途中までのつもりが。全編観てしまった!

映画「アバター」は森と人類?の共存と、それから都市文明、物質主義、科学主義、戦争、など、それから人間の心の移ろい、恋愛、などいろんなテーマが込められていた。

CGが多用され、映像技術がピックアップされていた記憶が当時あったと思うが、これは人類の壮大なテーマが映画のテーマになっているのだ、と。
心震える思いだった。深い。とても深い。

途中、巨大なブルドーザーが森に侵入し始め、キャタピラが森に足を踏み入れたシーンがあり、思わず今の自分の作業とオーバーラップしてしまい、胸が締め付けられる思いがした。

僕は、”森の使い”になりたいんだ!と、この映画を観て、再認識とともにより強い決心が、改めて”押し寄せてきた。

「アバター」は間違いなく、”森”がテーマの根底にある。

ストーリーは、宮崎駿の「もののけ姫」を、また「ナウシカ」「ラピュタ」を思い起こした。

映画の持つ力、映像の力、音響の力にも改めて思いが及び、その根底にはメッセージを伝える、という縁の下の力持ち的立ち位置も非常に重要な役割があると、有無を言わさない迫力に圧倒されながら、思いを馳せた。

こんな時間に、何をしているのだろうという思いと、僕の生き方の再確認と、時に後先考えずに思い付いたら動くという全然システマチックでもなく、地に足が着かないスケジュールも考えないような制御のつかない自分に、しかし改めて「これだ!」と思えたことは心の健康度合いを考えるに、「ありかな」と都合よく自己肯定し、明日の活力を頂き感謝!。

僕は、”森の使い”になりたいんだ!

“森の使い”で在りたいんだ!

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