一歩を踏み出す時期

何か新しいことに挑戦するとき、あるいは新しいことをする機会が生まれたとき、それを選択するか、しないか、
岐路に立たされる。

慎重な人はじっくり考えるでしょう。

大胆な人はとにかくやってみるでしょう。

消極的な人は、また今度にまわすでしょう。ずっと、また今度に・・・。

未知のことは、だれでも心配になるでしょう。

それが、ある意味生物や生命にとっての生存本能の一部でもあるでしょうから。

生きることとは、ある意味、大変保守的な営みでもあるのだろうとも思います。
生き延びるということと、安全ということはイコールに近い関係でもあるでしょう。

でも、全くのイコールの関係であるかというと、そうでもないと考えます。

生き延びるために保守的になり、代わりに新しい発見や気づきのない日々を送るのは、どんなに退屈でしょう。
ただ1日が過ぎるためだけに、時間が通り過ぎるのを待つなんて。ああ今日も無事すんだ。何事も起こらなかったが、何も新しいこともなかった・・・。

何も考えない、何も感じられない日常は、無機的な、意識や感情が固定してしまったかのような、それこそ、死とイコールに近い関係ではないかと思えてしまいます。

少なくとも、今日という一日を頂いたかぎり、精一杯生きられたら、と思います。

楽しく、豊かな一日でありたい。

何か新しい発見のある1日でありたい。

新しいことに向かって、チャレンジしていきたい。

退屈な日々にさよならするために。不安でしょうがない自分と一緒に。未知なるものに向かって。

一歩を踏み出したい。

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